紫式部, 土佐光吉, 千野香織

「朧月夜に似るものぞなき」と、うち誦じて、こなたざまには来るものか。いとうれしくて、ふと袖をとらへ給ふ。女、「あな、むくつけ。こは誰そ」とのたまへど、「何かうとましき」とて、 深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろげならぬ契りとぞ思ふ 以上のように見てくると、「花宴」を表す一枚のこの絵は、複数の時点、複数の場面からモチーフを寄せ集め、それらをバランスよく一つの構図のうちにまとめて、創り上げられたものだということがわかるであろう。この絵は、確かに一見すると、二人が恋に落ちる直前の瞬間をあざやかに切り取ってみせたかのような印象を与える。しかし、そのように見えてしまうのは、絵師の創意工夫がまさしく成功しているためであって、一つ一つのモチーフの意味を詳しく検討していくと、この小さな画面のなかに、時間の相が複雑に入り組んでいることが理解されるのである。